2017年10月27日

心停止直後のアドレナリン投与と生存退院率



Time to administration of epinephrine and outcome
after in-hospital cardiac arrest with non-shockable rhythms

本記事のURL
http://jemta.org/index_171027.html
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こんにちは。
AHA岡山BLS・JEMTA日本救命協会の久我です。
最近朝晩はとても冷え込むようになりましたが
日中は過ごしやすく、秋の夜長の季節ですね。


■[1]はじめに
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Dr.林とDr.Goldmanの笑劇的臨床論文放談
http://www.carenet.com/report/carenetvch/carenetv_ch4.html
第4回 Prehospital Epinephrine(病院前アドレナリン投与)
の動画がリリースされました。
(閲覧には会員登録が必要です。無料で登録できます。)

病院外心肺停止患者への病院前エピネフリン(アドレナリン)投与と生存率に関してですが、
『心肺停止患者への切り札として使われるエピネフリンは実は使わない方がいい!? 』
日本の41万7,188人という膨大なデータから導き出された結果を、Dr.林とDr.Goldmanは、
どう解釈するのか!...
一昨日、ケアネットのCareNeTVチャンネルから、上記対談が無料リリースされています。
この記事は、医師の注目順の週間総合ランキングで今週1位になっているそうです。
毎月5400円を支払ってCareNeTV会員になっておられる方は別ですが、そうでない方はいず
れ削除されると思いますので、今の内にご覧になられてはと思います。


■[2]九州大学 萩原明人先生らの論文
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Akihito Hagihara, et al.,
Prehospital Epinephrine Use and SurvivalAmong Patients
With Out-of-Hospital Cardiac Arrest
JAMA, March 21, 2012?Vol 307, No. 11 1161-1168
https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/1105081

著者らは、2005-2008年の救急隊の「救急活動記録・検証票」の院外心肺停止の約42万人
のデータを使用し、アドレナリンの有効性を研究しました。
(検証票は書くのが大変なので、このようなデータを出せるのは日本だけです。)
エピネフリン使用群と非使用群を比較し、心拍再開率、1カ月の生存率、および
1カ月神経予後良好率を調べました。
予想通り、アドレナリンを使えば、心肺再開率は高くて、使った群では2.3〜2.5倍も心臓
は動きました。

          使用  非使用  OR
自己心拍再開ROSC  18.5%   5.7%  2.36
 propensity-match 16.3%  10.5%  2.51
1カ月生存率     5.1%   7.0%  0.54
脳機能カテゴリー   1.3%   3.1%  0.21
全身機能カテゴリー  1.3%   3.1%  0.23

ところが、1カ月生存率や脳機能に関しては、アドレナリンを使わない方が予後はよいと
の結果でした。上表のように、1カ月後の生存率、脳機能の予後、全身機能予後は、どれ
もアドレナリンを使わない方がいいとの結果でした。これまで救急医が使ってきた一番の
武器がダメだったとの結果。やせ馬に鞭を打ってその場でアドレナリンを打って心臓を動
かすことはできますが、心臓が戻ってから、このアドレナリンの環境は結局心臓に悪いと
いうことのようです。

【Dr.Goldman】の解釈
この結果の解釈については、慎重にすべき。容易に結果に走らない方がいい。現在、我々
には、エピネフリン以外の代替薬がない。本研究は病院前の設定で、院内のデータではな
い。解析の交絡要因があることを頭においておくことが重要。その上で情報を解釈すべき。
例えば、病院前の救命士がアドレナリン静注にどれくらい習熟しているか、わからない。
彼らの静注処置が遅ければ、胸骨圧迫も遅れてしまう。

【Dr.林】の解釈
救急隊に聞くと、現場には3人しかいないので、点滴を入れたりすると、胸骨圧迫がおろ
そかになる傾向は、たしかにあるようだとのこと。

参考文献
永田高志(この論文の4th author) 医学新聞寄稿
http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03033_02
慈恵ICU勉強会資料
http://www.jseptic.com/journal/jreview_117.pdf

【私】の解釈
僭越ですが、少しだけですが両氏の解釈には、違和感を感じました。Dr.Goldmanのご意見
では、「日本の救急隊は遅いから、救急隊は、皆、エピネフリンは使わない方がいい」と
いう印象を与えます。
この論文は、現場の玉石混合の成果を全部まとめて、平均値だけを議論しており、心停止
からエピネフリン投与までの時間の分布を分けて、エピネフリン投与の成果を議論してい
ません。(通報から現場到着時間と、通報から病院収容時間の、両群の平均値のみが書か
れています。到着:使用7.37分vs非6.72分、収容:使用40.01分vs非40.43分)

本投稿の以下の■[5]に、別途追記していますが、エピネフリンを使った方が予後がよ
くないのは、エピネフリンの「遅延投与」に原因があります。つまり、早く投与すれば予
後が良いけれども、遅く投与すれば予後が悪く、しかもこの遅延投与の事例の方が多いの
で、全体としては、エピネフリンを使った方が、平均値として、「使うと予後が悪くなる」
という結果になっているのです。Dr.Goldmanの「胸骨圧迫が遅れるから」と言う発言は、
早計と思われてもしかたないと思います。

非常に膨大なデータから平均値を出されたのは意味があると思いますが、平均だけを議論
すると、改善の方向性を見誤ります。
正確に言えば、「救命率を上げるためにエピネフリンを早く投与すべきであり、もし、
遅くなるようであれば、使わない方がよい」という結果になると思います。

■[5]の論文が日本語で書かれており、Dr.Goldmanがお読みになれないのが原因かもし
れませんが、日本の■[1]の論文を紹介されるのなら、■[5]の論文を紹介されない
のは手落ちではないかと思います。
『心肺停止患者への切り札として使われるエピネフリンは実は使わない方がいい!? 』と
いう表現はとても人目につくフレーズですが、正確さを欠き、この表現では誤解を与えま
す。


■[3]ボストンのドニノ先生らの論文
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Michael W Donnino, et al.,
Time to administration of epinephrine and outcome
after in-hospital cardiac arrest with non-shockable rhythms:
retrospective analysis of large in-hospital data registry
BMJ 2014; 348 doi: https://doi.org/10.1136/bmj.g3028 (Published 20 May 2014)

心肺停止後3分以内のアドレナリン投与が、除細動適用外リズムの心肺停止患者の
自己心拍再開(ROSC)の改善や良好な神経予後に関与している。

・院内心肺停止 除細動適用のない波形 25,095人
・3分以内にアドレナリン投与するとよい
・継時的にROSCは低下する
・神経予後も良好


図1.心停止からアドレナリン投与までの時間と生存退院率


■[4]ギリシャのメンツェロポロス先生らの論文
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Mentzelopoulos SD, et al.,
Vasopressin, steroids, and epinephrine and neurologically favorable survival
after in-hospital cardiac arrest: a randomized clinical trial.
JAMA. 2013 Jul 17;310(3):270-9. doi: https://doi.org/10.1001/jama.2013.7832

・院内心停止
・Vasopressin+Epi+methyl-PSL
・ROSC          83.9% vs 65.9% OR2.98
・神経予後良好生存退院率 13.9% vs 5.1% OR3.28

ギリシャの研究では、アドレナリン、ステロイド、バソプレッシンのカクテル注射が院内
心肺停止に良い効果があると報告しています。


図2.アドレナリン+ステロイド+バソプレッシン投与と生存率

【Dr.林】談
結局、病院前でのアドレナリンはあまり効果がなく、まだ不明の点も多く、アドレナリン
については今後も目が離せない。
院外で心拍再開がない心停止で、神経学的予後がいいのは、わずか0.49%で、 200人に1人
しかいない。だから除細動ができたとしても、それが効かなければ、元気になる見込みは
1%以下しかない。
もっと科学的な根拠が必要で、もっと画期的な治療が必要です。

【Dr.Goldman】談
心停止の研究についてはまだ少し遅れていると思います。有効な胸骨圧迫はいくら強調し
ても、しすぎるということはありません。


■[5]国士舘大学の植田広樹先生らの研究
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これは、上記のCareNeTVでは、紹介されてはいませんでしたが、昨年、発表された新しい
日本の研究です。
ACLSプロバイダーマニュアルG2015 p.99には、「血管収縮薬(アドレナリン)がVF/無脈性
VTからの生存を向上させることはない。」との記述がありますが、以下は、このことを調
べている時に見つけた文献です。

病院外心停止症例におけるアドレナリン投与の脳機能予後に対する効果(第一報)
2016日臨救急医会誌2016:19:578-85
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsem/19/4/19_578/_pdf

・これまでの論文ではアドレナリンは、心拍再開には有効であるが、社会復帰率は寄与し
 ないとされてきた。
・この原因は、早期投与の症例が少なく、遅延投与の数が多く、遅延投与では復帰率が悪
 くなるので、全体としては遅延投与の成績のほうに引っ張られて、全体的に悪いとされ
 てきたから。
・今回は、投与時間毎の解析をした結果、早期投与だと社会復帰率が高いことがわかった。
 VF/VT およびPEA/心静止の全体でみると、救急隊が接触して約8分以内にアドレナリン
 を投与すると、投与しないより、社会復帰率が高くなることがわかった。
・グラフの左側は症例数が少ないのでばらつくのは当然ですが、右側の症例数の多い領域
 でも、VF/VTにおいては、早期投与優位の傾向が明快にでています。

この論文の解釈について
上記論文のグラフに手を入れて、以下に書いています。


上(図3.アドレナリン投与と社会復帰率) 下図4.(図3のPEA/心静止の部分の拡大)

・もともとの論文では、投与群に関しては、VF/VT およびPEA/心静止を分けて書いていま
 すが、非投与群については、上記二つをまとめて、復帰率を 3.2%とし、そこから、
 アドレナリンが効果的となるスレショルド7.9分を導いています。
・VF/VTおよびPEA/心静止では効果が違いますし、PEA/心静止の方が多いので、復帰率3.2
 %は、PEA/心静止の方に引っ張られています。
・VF/VTにおいては、投与の時間効果も非常に大きいので、初期波形がVF/VTの場合で、
 非投与の場合の社会復帰率(13.4%)でスレショルドを求めると、VF/VTの場合では、救急
 隊接触後、5分以内にアドレナリンを打てば、社会復帰率は向上するということになる
 と思います。
・図4は、図3の下の部分を拡大したものです。
 初期波形がPEA/心静止の場合で非投与の場合の社会復帰率(1.6%)で、近似式からスレシ
 ョルドを求めると、救急隊接触−2分前になります。確知から現場到着までは8分かか
 っていますので、心停止から(8−2=6分)6分以内にアドレナリンを打てば、社会
 復帰率は向上することになります。6分以降に打っても、社会復帰率は下がりますので、
 その場合は打たない方がよいことになります。
 尚、近似式ではなく生データから求めると救急隊接触4分後になります。
 (生データ採用の場合は、心停止後8+4=12分)

・本研究を個人的に解釈すると、確知から現場到着までは8分かかっていますので、
 心停止からの時間を起点とすると
 「心停止になったら、すぐに CPR/AEDを開始、
  初期解析が除細動の適用なら、(準備できているなら)すぐにアドレナリンを投与し、
  初期解析でショックが必要でなかったら、その後はアドレナリンは投与しない。
  すぐにアドレナリンが使用できなかった場合で、その後、通報から(8+5=13分)
  13分以内に打てるなら打ち、それまでに使用できなかった場合は、その後は打たな
  い方がよいという結果になると思います

・但し、「救急隊接触後、5分以内に打つ」というスレショルドは、生データを近似式で
 補正した線を用いています。曲線1本で、べき乗関数で近似するというこに科学的根拠
 はないと思います。自然界にはy=f(x)ではなく、y=f(x)+g(x) の振舞いをみせるものも
 あります。3〜7分までの症例数は、9千事例くらいありますので、これを無視するの
 ではなく、そのまま尊重して使うべきではないかと思います。
 生のデータを尊重して、そのまま使うと「救急隊接触後、7分以内に打つべき」という
 ことになります。
 つまり、(8+7=15分)ですので、心停止後15分以内に打つべきということです。

・結論としては、
 @心停止を発見したら、すぐにCPR/AEDを開始する
 救命率向上のために、アドレナリンを投与すべきか否かの判断基準は、
 A初期波形=除細動適用の時、心停止後15分以内に投与完了できる場合のみ投与。
 B初期波形=PEA/心静止の時、心停止後 6分(12分?)以内に投与完了できる場合のみ投与
 上記のリミット以前に打てないのなら、予後が悪くなるので、投与しない。


■最後に
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AHAガイドラインP145の右の方にも、アドレナリン早期投与の推奨が書かれています。
引用された文献は主に日本の文献で、日本はデータをちゃんととっているので、時間分布
のような議論をする上で、他国と比べて貴重なソースとなっていると思います。

2015ガイドラインでは、初期ECG波形がショック非適応リズムの心停止において、
アドレナリンを投与する場合は、心停止後可能な限り速やかに投与することを提案してい
ます。

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免責事項:尚、臨床に適用する場合は、本記事を鵜呑みにすることなく、独立して調査し、
ご自身の責任と判断で行って下さい。

以上です。




posted by jemta at 19:08| 日記