2022年05月30日

野球部員死亡。どうすれば重症労作性熱中症(V度熱中症)の人を救えるか?



本記事のURL
http://jemta.org/index_220530.html


こんにちは。
AHA岡山BLS・日本救命協会の久我です。
6月を目の前にして、もう暑くなってきました。
お見舞い申し上げます。


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■前書き
2022/5/14に、岐阜協立大学の野球部員がコーチからグランドを
1時間ランニングするように指示(シゴキ?)され、途中で突然倒れ、
30分後に野球部の車で病院に運び、翌日死亡とのニュースがありました。
https://www.youtube.com/watch?v=cJ7XM5Piw2E
会話もできなかったとのことなので、重症V度熱中症(深度体温>40.5℃)だと
推測します。

又、2018/7/18に、愛知県の梅坪小学校の校外学習で1年生男児(6歳)が熱中症で
亡くなった事例もありました。
http://jemta.sblo.jp/article/183936137.html

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熱中症ではなく、院外でのVFなどの突然死の場合は、
卒倒が発見され、救急車が5分以内に来れば、救命率は10%はあります。
市民でも、AEDを使うこと、CPRする重要性をご存知の人もいますし、
救急隊は現場でAEDを使う事を訓練されておられるからです。
VFが始まって、10分過ぎれば、救命は絶望的です
除細動ファースト、トランスファーセコンド(AED第一、転送第二)です。
現場で何もせず、そのまま病院に運んでも助かりません。
但し、日本での公衆除細動の導入は、欧米に10年以上遅れました。
また、国際線のCAさんはAEDを使っていたのに、救急隊は使えない時期がありました。

一方、労作性熱中症重症V度の場合は、日本ではなかなか助かりません。
日本の熱中症診療は、米国に比べて10年は遅れていると思います。
医学部の学生さんは、学校で直腸温の計り方すら実習していないと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=aeEWrqtqRNQ
また、現場での治療目標、冷却速度の事も、ご存知ないのではないかと思います。
日本救急医学会の熱中症診療ガイドラインでは、米国でスタンダードになってる
冷水浸漬は、人事のように数行書かれているだけで、救急隊を訓練するような
具体的なガイドラインを明示してはおられません。
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/heatstroke2015.pdf

冷水浸漬は以下の論文に書かれています。
https://journals.lww.com/acsm-essr/Fulltext/2007/07000/Cold_Water_Immersion__The_Gold_Standard_for.9.aspx
またAHAのFA(ファーストエイド)ガイドラインでも
「できれば顎まで冷水につからせる(G2010,S964) 」と推奨されています。
https://www.ahajournals.org/doi/10.1161/circulationaha.110.971150

実際の冷水浸漬の事例動画
マラソン大会
https://www.youtube.com/watch?v=KzerHULhZ64&t=10s
子供
https://www.youtube.com/watch?v=NQgVbbrtUpM&t=42s
UTC GATP 冷水浸漬とタコス法
https://www.youtube.com/watch?v=sFocmPvWm80

この前の東京オリンピックのマラソン大会では、アイスバスが導入されたようであり、
日本医師会発行の国際マラソン医学協会医療救護マニュアルP83にも、ファルマスの
マラソン大会のような冷水浸漬の方法が具体的に示されています。
http://www.masamiishii.jp/data/IIRM%E5%8C%BB%E7%99%82%E6%95%91%E8%AD%B7%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AB%E6%9A%AB%E5%AE%9A%E7%89%88_160512%20(1).pdf
しかし、これは国際的な大会では、国際スタンダードに従う必要があるからであり、
一般的に、市中での治療に、すでに取り入れられているとはいい難いと思います。

熱中症診療の世界の第一人者であるCasa先生の熱中症治療の
ゴールドスタンダードでは、30分以内に深部体温を39℃以下に下げることが
目標になっており、米国スポーツ医学会(ACSM)、
全米アスレティック・トレーナーズ協会(NATA)も推奨しています。

例えば深部体温が43℃の場合、39℃まで下げるには、
30分で、4℃下げる必要があります。
4℃÷30分=1.3℃/分の冷却速度が必要です。
日本でよくやられている腋窩、鼠径へのアイスパックでは、
0.02℃/分しか下がりません。
30分かけても0.6℃しか下がりませんので、まったく不十分です。
熱中症の救命率100%のフォルマスのマラソン大会で使われてる冷水浸漬は
10℃の氷水浴槽にあごまでつけます。
0.2℃/秒で冷えますので、20分で、4℃下げることが可能です。

米国の救急隊は、労作性重度熱中症の場合は、現場に到着しても病院には運びません
クールファースト、トランスファーセコンドです。(冷却第一、転送第二)
日本の救急隊は、現場で冷やしていないようなので、そのまま病院に運ぶと、
通報から41分かかっていますので、救命は困難です。

米国では、現場で冷やしてから、その後病院に運びます。
但しフォルマスのマラソン大会の例では、39℃以下になったら、冷水からあげて、
そのまま、歩いて帰っているそうです。

「10℃の冷水にいきなり熱中症の人を入れたら、心臓が止まるのでは?」という、
危惧を抱く人がいるかもしれません。
これはAED導入の初期にも同じような危惧がありました。
英国だったと記憶していますが、心室細動の人に電気ショック手当てをはじめた時に、
他の医師も含めて、周囲は「倒れている人に高圧の電圧をかけるなんて・・・」
と反対されたそうですが、今は、どの医師でも、除細動器を使われておられます。

人は重症熱中症になると、逃げ場がなくなり、体がその寒さを受け入れるように
できてるようです。フォルマスの論文では、冷水浸漬した後、
AEDを使うような心停止の事例はなく、かつ、「寒い!」といったクレームは
なかったようです。
米国ではアメフトの練習の後、自ら、アイスバスにはいってアイシングする動画も
あがっています。
https://www.youtube.com/watch?v=KzerHULhZ64&t=221s
日本での寒中水泳も、水温5度で行われている例があります。


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■どうやって冷やす? 重症の労作性熱中症(V度熱中症)
http://jemta.sblo.jp/article/187796214.html

@日本ではData Therm Uのようなポータブル直腸温度計
 https://www.medco-athletics.com/datatherm-ii-continuous-temperature-monitor
 が普及していないため、現場で直腸温を計れないので、
 現時点では、推定するしかありません。
 人の体は内部と表面では温度差がありますので、
 深部の熱が表面に出るのには時間がかかります。
 熱中症初期の時点ではまだ汗がでるので体の表面は冷たく感じます。
 腋窩で体温を測っても無意味です。
 https://twitter.com/kiyoshikuga/status/902529821300768768

A沖縄の名桜大学スポーツ学科の奥本正教授のご自身の実験によると
フルマラソン3時間後の直腸温が40℃だったので、会話できないほどの熱中症だと、
40℃以上だと推測します。
 (名桜大学広報P13 PDF8/24の左ページ)
 https://www.meio-u.ac.jp/10ob/koho_Meio/44.pdf

 冷水浸漬をしても、おそらく36℃まで下げても低体温症の恐れはないと思います。
 私の計算だと、水150Lに、-20℃の氷を20kgを入れると10℃になります。
 (元水温に依存)
 実際に水温を温度計で計る必要があります。これで、0.2℃/分で冷却できます。

 深部体温が
 40℃なら、39℃まで 5分、36℃まで20分浸漬
 41℃なら、39℃まで10分、36℃まで25分
 42℃なら、39℃まで15分、36℃まで30分
 43℃なら、39℃まで20分、36℃まで35分
 浸漬すればよい計算になります。

 つまり20分つければ、元の深部体温が40℃〜43℃まで、対応できることになります。

 JEMSの論文「病院前の設定での熱射病の特定と治療」には
 以下のように書かれています。
https://www.jems.com/patient-care/identification-and-treatment-of-exertional-heat-stroke-in-the-prehospital-setting/#:~:text=Exertional%20heat%20stroke%20(EHS)%20victims%20should%20be%20placed%20in%20a,increase%20the%20rate%20of%20cooling.
 「直腸体温計が利用できず、労作性熱中症の場合は、CWIを開始することを
 お勧めします。病院前の設定でのこれらの取り組みのエンドポイントは、
 震えの開始または15〜20分の冷却のいずれかである必要があります。
 これは、この時間枠が大多数の患者に十分な冷却をもたらすためです。」


B今後の期待
 たぶんCWIをすぐにしようと思っても無理があるかもしれません。
 日本の体制で、コンセンサスを得るのには時間がかかるだろうと思います。
 ファルマス・ロードレースでは273名の救命実績がありますが、
 日本での治療実績はまだないかも知れません。
 しかし、現実的に重症熱中症の人を救命するには、
 CWIしか方法はないと思います。

 ・冷水浸漬法CWI(Cold Water Immersion)を医学教育に取り入れる
 ・救急医学会が国内におけるCWIの具体的なガイドラインを作成
 ・救急隊向けトレーニング(直腸温計測、現場でのCWI)

尚、冷水浸漬法(CWI法)は、以下に詳細を纏めています。

2017年08月20日
労作性(重症V度)熱中症のファーストエイドと初期治療:冷水浸漬法(CWI法)
http://jemta.sblo.jp/article/180717041.html

以上です。

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posted by jemta at 19:53| 日記