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http://jemta.org/index_180718.html
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こんにちは。
AHA岡山BLS・JEMTA日本救命協会の久我です。
■はじめに
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昨日、17日正午頃、愛知県豊田市の市立梅坪小学校の教室で、小学一年生の男子児童(6歳)
が意識不明で倒れ、病院に運ばれましたが約一時間後に亡くなる事故がありました。原因
は熱中症の中でも重症な「熱射病」とみられています。男児は、学校近くの公園で午前中
にあった校外活動で疲れを訴え、教室に戻った後に容体が悪化したとのことです。
http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2018071802000071.html
まだまだこれからというときに、亡くなってしまい、謹んで追善供養を申し上げます。
今日も国内で40℃を観測された地域もあり、最近の異常気象には厳重に注意する必要が
あると思います。尊い若い命が犠牲になることがないように、事前の予防や事後の応急手
当の普及の必要性を切に感じます。個別の事故について、身近なソースからの情報だけで、
議論することは、真実からそれることがあるかもしれませんが、何か、今後のためになれ
ばと感じ、乱文ながら、この事故に関連して、熱中症の予防と応急手当について書きたい
と思います。
事故の顛末を幾つかのソースから調べました。(不正確な点はあると思います。)
2018年7月17日
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9:00 豊田市の気温30℃越え
高温注意情報がでていた
出発前に児童たちに持参させた水筒の水を飲ませる。
10:00前に学校で測った気温は32℃
10:05-10:25 1年生110人(4クラス)で、校外学習で、学校から和合公園まで1km歩く。
(気温33℃)道中はトイレが無いため、飲用は控え。
児童は、遅れぎみで歩き、「疲れた」と発言。担任が手を引き歩く
10:20-11:10 児童は他の児童と共に、公園内で虫取りや遊具などで遊ぶ(11:00気温33℃)
11:10-11:30 学校まで歩いて戻る。児童「疲れた」と。
屋外活動:合計90分。
11:30 教室内37℃(教室内クーラーなし、扇風機4台のみ)
学校に戻った直後、容体がおかしかったので、
担任が教室で児童に付き添う
11:50 担任が対面していると児童の唇が紫色に変わってきた。
床に座らせたら意識がなくなった。
養護教諭が来て、AEDを使った。ショック不適用
11:53 119番通報、保護者通報 (12:00気温35℃)
12:09 消防隊到着、心停止認識
12:10過 病院到着
12:56 病院内で医師が死亡確認
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国立成育医療研究センターのHPによると、
『子どもは体温調節機能が未発達です。特に、汗をかく機能が未熟で、体に熱がこもりや
すく、体温が上昇しやすくなります。全身に占める水分の割合が大人より高いため、外気
温の影響を受けやすく、気温が体表温度より高くなると熱を逃がすことができず、反対に
周りの熱を吸収してしまう恐れもあります。
また、幼少期の子どもは大人よりも身長が低い為、地面からの照り返しの影響を強くうけ
ます。このため、大人が暑いと感じているとき、子どもはさらに高温の環境下にいること
になります。たとえば大人の顔の高さで32℃の時、子どもの顔の高さでは35℃程度の感覚
です。』とのことです。
http://www.ncchd.go.jp/hospital/sickness/children/heatstroke.html
【予防】
・7月17日の校外学習に出かける前に学校で測った気温は 32℃で、この時点で校長や学年
主任が熱中症のことを熟知していれば、校外学習を中止する選択肢があったと思います。
・水筒と帽子は持参させていたようですが、例えばダイソーで百円で2個入りで売られてい
る霧吹きスプレーノズル(*2)を500mlの水を入れたペットボトルに取り付けて、児童の頭
首、胸、背中、手足に吹きかけたり、団扇で扇げる様な事前の準備が必要だと思います。
・和合公園まで1km 歩く途中で、児童が「疲れた」と言い、他の児童より遅れ気味になっ
たことで、担任は本人の体調不良を認識して、児童の校外学習を中止して、保健室に連
れ帰るという選択肢も考えられますが、4 クラス全体の行動の中で、担任が抜けるとい
うことが許される状況だったかどうか、引率人数の制限の問題があります。
子供が自分の体調を正確にいう事は難しいと思います。「疲れた」という表現でしたが
歩いたから疲れたのではなく、「体がだるい」、「体調不良」ということかもしれない
と読み替える必要があると思います。
・児童は公園内では他の児童と遊んでいたということですが、帰りも「疲れた」と言って
いるので、この時点で、担任は熱中症の疑いを持つべきです。
【応急手当】
・11:30 に教室に戻った直後に、容体がおかしくなったので、教室で担任が本人に付き添
ったということですが、熱中症が疑われる状況で、意識状態が何か変になったというこ
とは、この時点で「V度熱中症」を疑い、すぐに、プールに連れて行って、冷水につけ
るとか 積極的に体温を下げる手当を行うべきでした。(*1)
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熱中症か否かは、直腸温のプローブを肛門から10〜12cm入れて、測らないとわかりません。
口腔温、腋窩温は全く役にたたず、熱中症が疑われる中では測ってはいけないと思います。
(労作性熱中症の場合は、表面は平熱で、深部体温が高いのが普通です)
しかし、直腸温を測れるのは、病院の中でもERだけくらいですし、殆どの医師、看護師の
方は、直腸温を測った経験がなく、救急隊も訓練されていません。重症度の正確な判断は
現場では、できませんので、本人の意識状態から類推するしかありません。
熱中症環境保健マニュアル(P18)では
「重症度を判定するときに重要な点は、意識がしっかりしているかどうかです。少しでも
意識がおかしい場合には、U度以上と判断し病院への搬送が必要です。意識がない場合は、
全てV度(重症)に分類し、絶対に見逃さないことが重要です。呼びかけや刺激への反応
がおかしい、体にガクガクとひきつけがある(全身のけいれん)、真直ぐ走れない・歩けな
い等。」と書かれています。

日本救急医学会熱中症分類2015では、分類は以下のようになっています。
T度(熱痙攣)JCS=0 意識は清明
U度(熱疲労)JCS≦1 大体清明であるが、今一つはっきりしない
V度(熱射病)JCS≧2 見当識障害あり(場所日付名前生年月日が言えず。開眼してない)
T度、U度の場合は、まだ体温調整機能が働いていますので、水分塩分を取り、涼しい所
に移動します。その後U度の場合は救急車を呼んだ方がよいです。
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問題はこのV度です。重症Vの定義はJCS≧2となっています。V度がいわゆる熱中症です
が、この場合は、体温調整機能が破綻し、汗をかけず、体温を下げることはできません。
積極的に冷やす必要があります。今回は 11:30過ぎの段階で、このV度だっただろうと思
います。V度の場合は、深部体温が40℃を越えていますので、これを30分以内に39℃以下
に下げないと、ほぼ助かりません。
アメリカのフォルマースマラソン大会では、1984〜2011年まで、重症熱中症患者が 274人
出ていますが、その場で 10℃の氷水のバスタブに浸漬させることで、0.2℃ /分で体を冷
却させ、全員救命できており、冷却後にそのまま帰宅できています。
日本ではこの冷水浸漬法CWIはERでも殆ど行われていません。 熱中症治療は日本は米国に
遅れています。
日本救急医学会 熱中症診療ガイドライン2015では、「意識障害を伴う重症熱中症に対し
ては、病院に搬送する以前より、積極的な冷却処置を開始し、病院到着後は直腸温をモニ
タリングし深部体温が38℃台になるまで全身管理の下に冷却処置を効果的に行うことが後
遺症を生じないためにも重要となる。」と書かれていますが、実際に救急隊は現場で直腸
温を測ることはできず、運ぶことしかできません。救急車を呼べば平均 8分で到着します
が、平均病院収容時間は38分もかかっています。30分以内に39℃以下に下げないといけな
いのに、救急車の中で死亡予後が確定してしまいます。現場で深部体温を下げないといけ
ません。昨年AHA の研修で渡米した時に現地の救急隊の方に聞きましたが、熱中症ではま
ずその場で冷水に漬けるといっていました。Cool(Ice tub) First!,Transport Second!.
ですので、この場合は、プールに連れて行って冷やすなどの処置が必要でした。可能であ
れば、4m四方程度のブルーシートに傷病者を入れ、水と氷を入れて、体を冷やす方法も
あります。(タコスメソッド)
暑い中で、熱中症の可能性がある場合は、こういう機材をまず用意して行うべきです。そ
ういう意識があれば、初めから校外学習を中止するという選択をしたと思います。
■熱中症治療・応急手当については、以下をご参照ください。
(*1)労作性(重症V度)熱中症のファーストエイドと初期治療:冷水浸漬(CWI法)
http://jemta.org/index_170820.html
(*2)労作性熱中症の予防 グッズ(スプレー・ミスト等)の例
http://jemta.org/index_180529.html
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免責事項:尚、臨床に適用する場合は、本記事を鵜呑みにすることなく、独立して調査し、
ご自身の責任と判断で行って下さい。
20180719 霧吹きスプレー、団扇追記